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タケルンバ卿ブログ

世界の片隅でだらだら生きる貴族の徒然帳

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さらば、愛しき蓬莱軒

 かれこれ25年間通っていた阿佐ヶ谷の蓬莱軒。昨日、8月14日の営業をもって閉店することに。

 閉店を知ったときの驚きたるや。前日の8月13日に何気なくTwitterを見たら、偶然に閉店の報に接する。

 というわけで、行ってきた。

 お店入口には閉店を告げる張り紙。ああ、本当なんだな。お店を開いて56年。最初は青梅街道に面したところにあったっけ。そして商店街の中に移転したんだっけ。

 お店についたのは11時頃。既に10人くらい並んでいる。開店は11時30分。いつも通りの開店時間。いつも通りに水が運ばれ、いつも通りに順番に注文がとられる。素っ気ない接客、注文を厨房に伝えるときの「メン」の独特のイントネーション。いつも通りだ。でも今日で最後だと思うと感慨深い。

 何を頼むかいつも迷う。迷うがパターンは決まっている。基本は広東麺か中華丼。ここは炒めものがうまい。あんかけがうまい。あんかけを麺にのせるか、ご飯にのせるか。これがベース。麺でいくなら相方にはご飯が欲しいので、炒飯を追加する。ご飯の場合は麺が欲しいので、きくらげ麺かチャーシュー麺。麺ものとご飯ものを食べるのがいつもの注文。

 そう、実はこの記事の中華料理屋は蓬莱軒だったりする。

 最後ということで、炒飯を食べたかった。

 私が一番好きな炒飯だった。具は少ない。なるとを刻んだもの、チャーシュー、ネギ、玉子、上にちょっとグリーンピース。しかしこれがうまかった。塩加減、炒め加減が丁度よかった。もっとパラッとした炒飯はあるし、もっと具が豪華な炒飯もあるだろうが、私は蓬莱軒の炒飯が一番好きだった。すべてにおいて程よい炒飯であり、毎日食べても飽きない炒飯であった。

 そして炒飯に行ったので、あんかけは麺ものになるのがパターンである。広東麺にする。麺の上に熱々のあんかけ。あんかけがスープに混じり、スープの味わいが一層引き立つ。別に特別なものは何も入っていないのだけど、定期的に食べたくなるのがこの広東麺。もう食べられないのか。本場・広東に行ったってこれは食べられない。このお店の、おやじさんの一代芸だったのだなあ。

 そして名物のきくらげ炒め。蓬莱軒といえばきくらげ。きくらげ麺ときくらげ炒めが名物。青梅街道に面したお店の頃は、店内のあちこちに「きくらげの健康効果」みたいな張り紙があったような気がする。新しいお店になって、そういう張り紙はなくなったのだけど、そういう張り紙が必要ないほどに認知されたということなのかな。この日も多くの人がきくらげ麺・きくらげ炒めを頼んでいたようだった。

 妻はチャーシュー麺と頼む。普通のラーメンにチャーシュー。何の変哲もないのだけれど、これがうまい。別に特徴はない。普通だ。普通なんだが、普通にして非凡なのだ。
 
 はじめて蓬莱軒で食べたのが中学生のとき。そして25年。気がつけば妻と二人で食べに来ている。お店の方々が閉店を決意するご年齢になった年月と、中学生であった私が大人になり、妻を娶った年月を思う。

 いつもおいしく、いつも同じで、味もぶれずに続けてこられたことに感謝する。いつも同じようにご夫婦でお店に立ち、ご主人が鍋をふるい、奥様が接客をする。それを変わりなく続けてこられたことに感謝する。

 多店舗展開とか、調理器具をあれするとか、浮気要素はたくさんあったはずなのだけれど、いつも同じように店舗を切り盛りし、料理を作ってこられた。それがきちんと味に出ていたし、いつもおいしいという結果に出ていた。だからこそ客足もいつも途絶えなかったし。お昼、土日、いつも混雑していた。そしてこの日も。

 会計のときに「お元気で」と声をかけると、とてもうれしそうだった。いや、本当に、お元気で。ありがとう。